アイガー(2015/8/7-19)
メンバー/中嶋、小林、べたこ(山歩渓)、ちびサンボ(メラピーク神戸)
事の始まりは2年前の2013年6月。森田さん、中嶋さんと飲んでいたとき、中嶋さんの「じゃ、アイガー行くか!」という一言だった。(なぜそういう話になったかは記憶にございません…。)
そこでは、森田さんも行く話になっていたが、正気を取り戻した森田さんは行かないことになり、代わりに中嶋さんのクライミング友達・山歩渓のべたこさんが加わることに。
一緒に行った小川山で、さらにべたこさんの友達のメラピーク神戸のちびサンボさんも加わることになった。
ところが、「4人で練習するぞー!」と盛り上がった矢先、中嶋さんが持病の首のヘルニアを悪化させ、左手が上がらない状態になってしまった。
そもそもは翌年の2014年の夏に行く予定だったが、それは絶望的になった。それどころか、一番経験者の中嶋さんが居なくては計画自体も危うい。
が、さすがは山男!中嶋さんは無事2013年の秋に手術を終え、翌春にはクライミングに復帰。
元通りの強さには戻らないものの、左手は上がるようになり、2015年の夏に決行することに。が、中嶋さんはちょうど体調の変わり目が来ているらしく、耳鳴りやめまいを抱えての出発となった。
1日目:8/7(金)-8(土)
22時半のフライトなので、この日は会社から早めに帰る予定。が、こんなときに限って、急な仕事が入り、バタバタで出発!
羽田から来たべたこさんと関空で落ち合い、イスタンブールを経由し、8/8の昼前にチューリッヒ空港にようやく到着。
そこからSBB(スイス鉄道)でグリンデルワルドに着いたのが15時過ぎ。天気次第で予定は分からないので、1泊目のホテルしか取っていない。
着いたその足で観光協会に行くと、登山のことはマムートショップ隣のガイドセンターに聞けとのこと。
そこで出てきたかわいいお姉ちゃん、「これから数日は晴れ時々雷雨の予報。あとはあなたたちの判断」とのこと。
数日は同じ傾向が続くようなので、当初の予定通り、明日日曜はゆっくりして体を慣らし、月曜にミッテルレギ小屋、火曜にアタックすることにする。
ミッテルレギ小屋の予約はお姉ちゃんがしてくれるとのこと。ミッテルレギ小屋は小さくて入りきれない場合は予約を断られることもあると聞いたが、無事取れた。
日程が決まれば、次は明日からのアパートの手配。また観光協会に戻り、安いアパートを聞く。
ミッテルレギ小屋に停滞することも考え、日曜から5泊、金曜チェックアウトで探してもらう。
一番安いところはいっぱいだったが、次に安かった駅から数分のメインストリート沿いのアパートが空いてるとの事。
部屋の確認と正式な予約のため、現地に向かう。到着すると、足腰がっちりした丈夫そうなお母さんが出てきた。
場所も便利だし、部屋も問題ないので、明日10時に来ることを約束して、予約していたホテルへ。駅から登りで大汗かいた。
飛行機の手配やら、宿の手配やら現地コーディネーターの役割は私。直前にやっぱり一泊目は取っておこうと、そのとき一番安いところを取ったんだけど、遠くてすいませんでした。
ようやくホテルに着くと、フロントの人に「駅まで迎えに行ったのに」と言われた…。さらに、明日まで使えるバスチケットをくれた(グリンデルワルドに宿泊するとどこでも必ずくれるみたい)。
体調に不安ありの中嶋さんは残して、3人で買出しへ。面倒なので、夕飯はホテルのレストランで取ることにしたが、とにかく物価の高いスイス!
酒類はスーパーで買って部屋飲みする。(幸いなことにビールは日本より安いくらい。)
夕飯はスイスといえば!のチーズフォンデュやレティシュ(ジャガイモの千切り炒め)など。
初めて食べたチーズフォンデュは白ワインがきつかったけど、美味しく頂けました。
そのあと部屋で飲むも次々とダウン。飛行機で寝れない私も早々にダウン。でもそのおかげでぐっすり眠れて、翌朝はすっきり!時差ぼけの心配は無さそう!
2日目:8/9(日)
まずは荷物をまとめてお引越し。昨日予約したアパートへ。ハイキングでも行きましょか、と話していたが、この日は天気いまいち。
そうこうしている間に雨が降ってきた。結局この日は雨が降ったり止んだりなので、町を散策し、みんなでマムートグリンデルワルト店限定のTシャツを買う。
明日の登山鉄道チケットも今日のうちに買っておくことに。通常、観光客は登山鉄道の終点ユングフラウヨッホまで行く。
「アイスメーアまで」とかわいい顔したお兄ちゃんに言うと、「そこで何するんだ?」と聞かれたので、「アイガー登るんだ!」と言ってやった!
アパートではwifiが使える。マッターホルンで凍死した日本人のニュースを聞き、身を引き締める。
3日目:8/10(月)
ガイド協会のお姉ちゃんの「午後は雷の可能性が高いから昼前に小屋に入ったほうがいい」とのアドバイスのもと、7:47グリンデルワルト発の電車に乗ることにするが、みんな準備が早いので、結局始発の7:17に乗った。
クライネシャイデックで乗り換えて、電車はいよいよアイガーを貫くトンネルに突入。アイガーヴァント駅を経て、8:40くらいにアイスメーア駅に到着。
親切な車掌さんが、雪原への出口を教えてくれた。ホームで登攀装備を身に付ける。結局、ここで降りたのは我々だけ。
観光客は窓から氷河を見学するだけで再び電車に乗り込み、ユングフラウヨッホまで行く。準備する我々を珍しそうに電車から眺めていた。
アイスメーア駅はアイガーヴァント駅と同じく山を貫くトンネルの中にある。教えてもらった通り、ホームを下り、No.4の通路へ。
真っ暗だったが、スイッチを押したら電気が点いた。奥まで行ってドアを開けると一面氷河!
日本ではあり得ない風景に一瞬びびるが、事前にYouTubeやNHKグレートサミッツで見たままの風景でルートに間違いはない。(便利な世の中になりました。)
アイゼン、ロープをセットし、まずは私が雪面に下りる。緊張しかかったが、雪が柔らかいことに妙に心が落ち着いた。
雪面に下りると、遠くの岩の稜線にポツンとミッテルレギ小屋が見える。
それに向かい、しばらくは氷河沿いを落石・クレバスに気を付けながら歩く。うっすらトレースはあるが、始発に乗っただけに今日のトレースは無い。
一時間弱で、岩場に出る。正面のクラックを登るんだろうが、岩は濡れているしどうにも難しそう。
ルートが読めてこないので、中嶋さんにリードしてもらう。初っ端だからか難しく感じた(体感的には4級くらい?)。
2P目も一応スタカットで。3P目からは岩面をトラバース。
先が読めないので、しばらくはスタカット(と言っても、支点はない)で進んだが、(私たちに言わせれば)普通の道なのでコンテに変える。
後ろを登っていたべたこさんに後で聞いたところ、もう一段上にさらにしっかりした道があったらしい。
しばらく行くと、支点を発見。スタカットでクライムダウン。ここからまた右上気味にトラバース。
一ヵ所、ケルンに惑わされて下に行きそうになったが、すぐに気付き、上のバンドへ復帰した。小屋直下はどうにでも登れる感じ。
で、9時過ぎにアイスメーアを出て、12:05にミッテルレギ小屋に到着。ガイドで2-2.5時間くらいらしいので、初見で3時間なら上等だろう。
NHKのグレートサミッツで見た通りの小屋とミッテルレギ稜を目の当たりにし、ついにいよいよ憧れのアイガーにやってきたことを実感。
早くもウルウルする。と同時に、ミッテルレギの威圧感に圧倒される。
小屋は小さいが、とってもきれいでかわいらしい。が、覗いても誰も居ない。
待てども人が出てこないので、privateと書かれたドアをノックすると、可愛らしいお姉さんが出てきた。
「予約したんですがー」と言うと、「4人よね?ここ使ってください。」とベッドを案内される。名前も言わないのになんで分かったんだろー?
お姉さんは「昼寝していいかな?寛いでて。」と部屋に引っ込んでしまった。こちらこそ貴重なお昼寝タイムを邪魔してすいません。
ナチュラルでとってもいい感じのする可愛らしいお姉さんで、一瞬にして好きになってしまった。
ついに憧れのミッテルレギ小屋まで来た我々は散々写真撮影。ミッテルレギから初登頂した槇有恒のパネルなんかと記念撮影。宿泊日記や頼まれていない宿泊名簿に勝手に記帳。
「このまま誰も来ないんでないか?ってことは、明日もガイドに付いて行こうという目論見は外れたか」なんて、希望と不安に胸を膨らましていると、ヘリの音が!
小屋を出ると、小屋の後ろのちょっとしたスペースにヘリが地面から数10センチのところでホバリングしてる。
お兄さん2名と荷物を降ろし、代わりにトイレのタンクをぶら下げてあっと言う間に町に帰って行った。こんな狭いところで微妙な高さでホバリングするとはすごい技術だ!
降りてきたお兄さん二人はインターネットTVの撮影隊。小屋のお姉さんを取材に来たんだと。明日の下見に行ったり、写真集やら見ている間に、続々と人が到着。
18時の夕食時には、小屋はほぼ満室になった。(ベッド数は24だったと思う。)夕食は、大皿から各自の皿に取り分けるスタイル。
スープに始まり、サラダ、牛肉の煮込みとパスタ、そしてメレンゲを焼いた恐るべき甘さのデザート。
みんな嬉しそうに食べていたが、向かいのドイツ人(かドイツ系スイス人)と中嶋さんはあまりの甘さに「うげー」となっていた。
どれも美味しかったが、全体的にしょっぱいので、高価な水をいっぱい飲んだ。ちなみに水は500mlで5フラン、ビールが6フラン、沸したお湯は1Lで7フラン。(4人でビール2本だけ飲みました。)
ガイドたちは夕食後も食堂で盛り上がっていたが、私たちは早々に21時前に就寝。高所だと胸がバクバクしてよく眠れないことが多かったが、案外よく眠れてすっきり。高山病は大丈夫そう!
4日目:8/11(火)
朝食はガイド登山組が4:30で、ガイド無しは4:50。4時過ぎてもしーんと寝静まっているので、他人事ながら大丈夫かな?と思ったが、4:30直前になり、急にみんな起き出す。
さっさと朝食、準備を済ませ、私たちの朝食の時間である4:50にはガイドたちはどんどん出発していった。外には星が輝いてる!天気は大丈夫そう!
朝食は、ヨーグルトとパンに温かい飲み物、と簡単なもの。ガイドなしは我々含めて3パーティ、計8名のみだった。
そのうち、フランス人カップルが一番に出て行った。(そしてその後追い付くことはなかった…。)我々は少し明るくなり始めた5:45に出発!
昨日下見に行ったところまではノーロープで行ったが、ちょっと悪かったので、早速、ロープを結ぶ。
最初の固定ロープの手前のV級程度の岩場でドイツ人パーティに抜かされる。(そしてその後追い付くことはなかった…。)なお、彼らはロープは結んでなかった。
固定ロープを使ってクライムダウンし、小屋から見えていた最初の固定ロープを登る。固定ロープは嫌いなので、中嶋さんに先に行ってもらった。
いきなりほぼ垂直で、腕力を使わないと登れない。後半、固定ロープが続く「ジャンダルム」と呼ばれる200mの岩峰があるが、こんな垂直が続いたら腕力が持たないと少し不安になる…。
最初の固定ロープからは基本コンテで登る。
束ねたロープを手に持っていては登りにくいところはロープを放り、下で中嶋さんに待ってもらい、安定したところでロープを引き上げ、中嶋さんを迎える、という形態で登り続ける。
支点はないが、アイガーの岩角はギザギザしているので、それに時折引っかけながら歩いた。
頂上まで、何度もアップダウンを繰り返す。一ヵ所(たしかジャンダルムの前)、50mロープで足りるか分からなかったので、
まずは中嶋さんをロアーダウンで降ろし、懸垂するにはロープが足りないようなら、後続のべたこさんパーティを待って、
それぞれの50mロープをつないで懸垂しようかと思ったが、中嶋さんを降ろしたところでロープ半分いかなかったので、結局ロープ1本で懸垂した。
そして核心と思っていたジャンダルム。ロープ登りは腕力勝負なので、中嶋さんにリードしてもらう。
が、一番最初の固定ロープより傾斜が緩く、ホールドもあるのでロープにはあまり頼らず、岩を持って登れた。途中は階段状の部分もあった。というわけで、思っていたより簡単に通過。
それ以降、ほとんど支点が無くなる。おそらく通常はここら辺りで雪稜になりアイゼンを付けるのだろう。今年は雪が少ないので、岩登りが続く。
ジャンダルムからひとつピークを越えたくらいで、次のピークの上で人が万歳しているのが見えた!おそらくあそこが頂上だろう。
いよいよ現れたピークを前に、無風・青空の好条件で登らせてくれたことへの感謝の思いでついウルウルしてしまう。
中嶋さんに先にピークを踏んでもらおうと、トップを譲ろうとしたが、「そのまま行ってまえ」と言われたので、僭越ながら先に行かせて頂きました。
そして12:05、2年越しの目標・アイガー山頂に到着!
(割とあっさり着いたので、北壁側から登ってきた男性に「ここが頂上か?」と確認してしまった…。その男性は北壁ではなくもう少し西側のラインを登ってきたとのこと。同行ルートを下降していった。)
その後、べたこ・ちびサンボパーティを迎えて、記念写真を撮りまくる。向かいにはメンヒとユングフラウ、眼下には氷河とグリンデルワルドの町が広がる。
2年前、メンヒの頂上から見て、一目ぼれしたアイガー・ミッテルレギ。そのときはメンヒとユングフラウに登り、「次はアイガー」と心に決めた。
これでオーバーランド三山と呼ばれるメンヒ・ユングフラウ・アイガーの全てに登ることが出来た。
中嶋さんの不調で一時はどうなるかと思ったが、逆に一年延期になったことで、より経験を積むことが出来、おかげでトップをさせてもらえた。無事登れたことにひとまず感謝する。
が、アイガーの難しいところは、下山が「同行下降」ではなく「縦走」であるところ。
これからメンヒへと繋がる岩尾根をアップダウンし、途中のコルから雪面に降り、ユングフラウヨッホ駅の手前にあるメンヒ小屋まで行かなくてはいけない。
ちなみにガイドは小屋には泊まらず、この日のうちにユングフラウヨッホ駅からグリンデルワルドに下るが、我々は鉄道の終電までに着くことはそもそも諦めているので、今日のゴールはメンヒ小屋まで。
にしても、下ると思われる稜線は登りより長く見える…。雪面に出ればサクサク下れそうな気がするが、どこで雪面に出られるのか頂上からは見えない。
下山する稜線。このどこかで左の雪面にでるはず。
30分ほど頂上で過ごし、再び気を引き締めて頂上を出発する。調べによると、まずは懸垂のはず。
しばらく岩稜を下ると懸垂支点があったので、1回懸垂。少し先でまた懸垂。このとき50mロープ2本をつないで懸垂した。
我々が懸垂していると、おじさんとお兄さんのパーティがやってきて、我々のロープが何mか聞いてきた。彼らのロープは40m(と補助で他に20m)なので、懸垂でロープが足りるか知りたいらしい。
先に下りたちびサンボさんに確認してもらい、途中に支点があることを伝える。英語はあまり得意でないらしく、聞きなれない言葉を話しているので、聞くとチェコ人らしい。
我々は50mいっぱい使って、悪いザレ場に下りた。しばらく下にザレ場の中にトレースが見えるが、懸垂終了からここまで歩いて下るのがかなり悪かった。
一方、彼らは途中で切って、ザレ場は巻いて下ってきた。その道もあまり良さそうでは無かったので、途中の支点で切って、ザレ場の下までもう一度懸垂した方が良かったかもしれない。
その後雪稜に出たので一度アイゼンを付けるが、また岩稜に出たのでアイゼンを外す。
ここからはまた岩稜をアップダウン。次の雪稜のコルで数名座っているのが見える。ヘリが2回やってきて、彼らを運んで行った。おそらくガイド登山で時間が足りなくなったのだろうか?
この雪稜のトラバースに出たときに、またアイゼンを付け、ここから先はずっとアイゼンで岩稜を登った。
この次の岩稜の手前で雪面に下りたいと思ったが、甘かった。岩稜の基部で左を見るとすっぱり切れた岩壁。とても歩けない。
この時点で16時くらいだったろうか。正面の岩峰も登らなくてはいけないという現実に心が折れそうになる。
前のチェコ人は右の悪い岩場をトラバースしていったが、落石多発させており、私にはとてもそんなところは行けそうにない。
すぐ前の岩の高い位置に支点が見える。(雪が多ければ手が届くのだろう。)中嶋さんがその先の岩に支点があるように見えるという。
正面のせまーい岩の隙間を行ってみると、何となくアイゼンの後があるので、自信を持ってそこを通って登っていくと、確かに支点があった。
さらにルンゼ状の岩を登ると終了点がありホッとする。その先で、右からトラバースしてきたチェコ人がビレイしていた。ここの岩を越えるとまた支点はまったく無くなる。
町の方で雷が鳴っているが、幸い上は崩れる気配がない。日没が20時半と遅いのが救いだが、刻々と時間が過ぎる。
2年前メンヒに登ったおかげでここらあたりの土地勘はある。
遠くの雪面にうっすら見えるトレースがメンヒ小屋に続くものと分かるのだが、岩峰を越えればまた次の岩峰が出てきて、なかなか雪面に繋がらない。
ひたすらコンテ&ときおりスタカットで進む。と、先の雪のコルにチェコ人が見えた。そこから雪面にトレースが繋がっている!気を引き締めて、最後の雪面トラバース。
下は固い雪なのでピッケルのピックを打って、ビレイするしかない。トレースが付いているので怖くないが、アイススクリューがあると安心だと思った。(現にガイドはみんなアイススクリューをぶら下げていた。)
薄暗くなり始めた20時頃、ようやく雪面に出た!!あとは雪の上をサクサク歩けばいいだけ!と思ったら急に元気が出てきた!
寒くなってきたので手袋を厚めのものに替え、ヘッドランプを用意し、ぐんぐん下る。岩を回り込むと、予想通りメンヒの小屋が見えた。
が、残念ながら下るだけ下ったらそこから登り返し。私は小屋が閉まってしまうのが気が気でない。中嶋さんと結んでいたロープを外し、先に小屋に向かう。そして21時半、小屋に到着。
急いで受付に行くと、泊まれるとのこと。聞くと食堂は1時くらいまでやっているらしい。日本とはまるで違う閉店時間に拍子抜け。何はともあれビバークは免れた!
登ってくる残りの3人に「泊まれるよ〜」と叫んで知らせて、小屋で待つ。
すっかり寛いでいる他の泊り客に「どこから来たんだ?」と聞かれる。「アイガーから来たんだよ〜、大変だったよ〜、えーん」と言うと、「Congratulations!」と言ってくれた。
さっきのチェコ人が食堂で寛いでいたので、一緒に残りのメンバーの到着を待つ。22時過ぎ、全員無事小屋に到着!
中嶋さんとちびサンボさんは飲めないというので、私と小田部さんは生ビールを購入し、チェコ人と乾杯!
小屋のお姉さんには「元気ねえ」と言われたが、ホントは疲れてるんです。でもアドレナリンが出てるのか、何だか変なテンション。
チェコ人とお互いつたない英語でお話。彼らは昨日はミッテルレギ小屋手前でビバークしたらしい。年配の方(おそらく60歳は越えている)は今朝、肩を脱臼したらしい。それで、何だか遅かったのね。
この方はチョ・オユーやガッシャブルムも登ったことがあって、今はチェコのクライミングシューズメーカーTRIOPで働いているらしい。
べたこさんのスマホの背景は、チェコの有名クライマー・アダム・オンドラとのツーショット写真。
それを見せたり、「私のシューズはミウラーとカタナだよ」「おー、あれはいいシューズだよね」なんて言って盛り上がる。「ミウラー」はクライマーにとっては全世界共通語らしい。
が、慣れない英語で話すのも疲れてきたので、23時頃ベッドへ。…が、アドレナリン出っ放しのため全く眠れず、朝を迎えた…。
5日目:8/12(水)
始発の9時のユングフラウ鉄道で下山。途中の乗り換え地クライネシャイデックで、輝く山を眺めながら4人で初めての乾杯!そうそうこれがしたかったの!
その後、ガラガラの列車に揺られて、のんびりアイガーを見ながらグリンデルワルドへ。登ってから見る山は何だか優しく見える。登らせてくれてありがとう!
今日も天気がいい。順番に風呂に入り、カレーの昼食。
その後は各自、コインランドリーで洗濯したり(私、ちびサンボさん)、絵葉書書いたり(私)、ひたすら昼寝したり(中嶋さん)、パラグライダーに行ったり(ちびサンボさん、べたこさん)と自由に過ごす。
夕食はスイス名物のラクレットで登頂祝い!大阪のたこ焼き器同様、どのアパートにもラクレット器とチーズフォンデユ鍋が置いてあった。
この日は、町のお祭りだったようで、夕食後町を練り歩く。メインストリートでは屋台が出たり、歌とダンスの出し物が行われたりと、大盛り上がりだった。
6日目:8/13(木)
日程が余ったのでハイキングへ。ブスアルプまでバスで行き、アイガーを眺めながらファウルホルンに登る。
放牧されている牛たちのカウベルの音を聞きながらの、のんびりハイキング。頂上からはインターラーケンの二つの湖が見下ろせた。
その後、バッハアルプゼーという湖まで下り、尖ったシュレックホルンとヴィッターホルンを眺める。
グリンデルワルドから見るヴィッターホルンは独特な山容をしているが、ここから見るとどことなしか剱に似ていて、日本を懐かしく思う(なんてことはないが)。
その後、ロープウェイ駅のあるフィルストのテラスでビールを飲み、ロープウェイでグリンデルワルドへ下る。この日は「グリンデルワルド最後の夜」ということで宴会。
7日目:8/14(金)
チェックアウトの日。お世話になったアパートとアイガーに別れを告げ、雨の中、ツェルマットに向かう。
昼過ぎツェルマットに到着するが、こちらも雨が降ったり止んだり。
これまで、日中は半袖でも大汗かくほど暑かったが、日が出ないとかなり寒い。ダウンを着ている人も居るくらい。私も長袖を着込む。
予備日が残ったのでマッターホルンに登る予定だが、天気予報は悪い。一応シャモニの予報を見るがそちらも悪い。
スイスとその近辺はどこも天気が悪いようだし、他の場所は下調べしてきていないので、ツェルマット以外に転戦するという案も考えられない。ということで、ここで宿探し。
ここの観光協会はアパートの紹介はしてくれるが、交渉は自分でやれとのこと。
慣れない公衆電話で電話をし、3件目でようやく交渉成立。家主さんはお出かけ中みたいで、17時頃には戻るという。
ひとまずアパートの1階に荷物を置いて、隣のホテルででも待っててくれとのこと。アパートに着くと、おばあちゃんが現れて部屋に入れてくれた。
が、この方、全く英語が話せない。色々部屋を案内しては、なにかドイツ語で説明してくれるが、全く分からない。最後に言う「OK?」という言葉に「OK、OK」を連発していたら、満足して部屋を出て行った。
ひとまず買い出し&情報収集に向かうが、ガイド協会は15時からだったので、15時以降再びガイド協会へ。
天気や山の様子を聞く。やはりここ数日天気が悪く、雪が降っているらしい。残りの日数は限られている。
行けるところまでは行こうと、ヘルンリ小屋の予約を取るため、小屋に電話をかけると、
「何しにくるんだ?ハイキングか?」と聞くので、「マッターホルンに登りたいんだけど」と言うと、「インポッシブル!」と言われた。それでも、めげずに予約を取った。
今日は先に帰る中嶋さんのラストナイト、ということでまたまた宴会。べたこさんやちびサンボさんが取った写真をTVで見て盛り上がった。
8日目:8/15(土)
中嶋さんは11時頃、日本に向けて出発。ひとりで帰るのが不安そうだった。
残った3人は予定通り、ヘルンリ小屋へ。今日も雨がちで寒いが、少し青空が見える。が、マッターホルンは今日も姿を見せない。
シュバルツゼーまでロープウェイで行き、そこから小屋まで2時間ほどの登りだが、30分ほど歩いた頃から雨が降り出す。
途中下ってきたガイドらしきおじさんと話す。「誰か登ってる?」と聞くと「クレイジー!」と言われた。3,000m付近から雨は雪に変わり、ヘルンリ小屋付近は数センチの積雪だった。小屋には誰も泊まっていないようで、シーンとしていた。
火曜には帰国しなくてはならないので、登りと下りで合わせて2日掛かると考えると、アタックのチャンスは明日日曜のみ。
予報では明日も悪くあさって月曜は少しいい、という予報。
同レベルと言われる前穂北尾根だって積雪期に登るんだから、全く不可能な話ではないが、今回は雪の中登るつもりで準備してこなかったこと、
雪も中途半端で不安定であること、無雪期よりさらに時間が掛かること、アタック日の明日も天気が悪いこと、などから、ここで引き返すことに決定。
来た道を下る。が、途中、ぼんやりしていたのか、私が標識を見落として、行きとは違う道に行ってしまう。
この道もツェルマットに続いているようなので、このまま行く。
途中、ロープウェイへの標識があったので、そちらに行くが、本降りの雨の中、かなり登り返さねばならずえらい目にあった。全ては先頭歩いていた私の責任です。ごめんなさい。
9日目:8/16(日)
この日も天気が悪いので、買い物したり部屋でゴロゴロしたり、のんびり過ごす。昼間からチーズフォンデュとワインを楽しむ。今日もマッターホルンは見えなかった。
10日目:8/17(月)
今日は天気が回復する予報。べたこさんとちびサンボさんはブライトホルンへ。
私は2度も登っているので、一人でハイキングへ。たまたま地図を持っていたオーバーロートホルンという山へ登る。
始発の8時のケーブルカーでスネガまで。ケーブルカーの駅まで行く途中、ようやくマッターホルンが姿を現した!
スネガからは、ロープウェイでブラウヘルトまで行く。ここからハイキング開始。マッターホルンを背に登っていく。
途中、湖があり、三脚を立てて写真を撮っている。まさか、と思って振り返ると、出たー!よく写真で見る逆さマッターホルンだー!
季節外れの雪をまとったキレイなマッターホルンが湖に写りこんで、まさに絵葉書。
その姿を見ながら、スープ春雨の朝食。雪のおかげで登れなかったけど、素敵な姿を見せてくれたから許してあげよう♪。
ここからオーバーロートホルンに向けて登っていく。先日同様、3000m付近から積雪。
その頃には霧が出て視界も無くなったので、頂上まで行くこともないかな、と思ったけど、雪の上をサクサク歩くのが楽しくなって、せっかくだから頂上まで行ってきた。すれ違ったのは一人だけだった。
行きと同じくブラウヘルトからロープウェイとケーブルカーでツェルマットに戻る。
昼頃にアパートに到着。ちびサンボさんとべたこさんは戻ってきていなかったので、一人で目玉焼きとソーセージの昼食(もちろんビール付き)。
その後、余ったヘルンリ小屋代を使うべく町に繰り出す。
(ちなみにヘルンリ小屋は1泊150フラン!![つまり日本円で2万円ほど。ミッテルレギ小屋は70か80フランだった。] 登頂150周年にちなんでいるのか、ぼったくりにもほどがある。)
二人は夕方帰ってきた。ずいぶん時間が掛かったなーと思っていると、高度障害か疲れが出てきたのか、べたこさんはげっそりしており、「アイガーよりきつかった」と驚きの発言。
今日は最後の夜だが、べたこさんはよっぽどお疲れの様子で、早く寝てしまった。ちびサンボさんと女同士、しっぽり飲んだ。
11日目:8/18(火)
いよいよ帰国の日。買った食料も全て食べ切り、アパートの掃除。11時に家主さんが挨拶に来てくれた。今日もマッターホルンは見えない。
結局、姿を見せてくれたのは昨日の朝のうち数時間だけだった。最後の日、ピーカンだったら悔しさが増すので、まあいいか。とは言うものの、若干心残りを抱えて遠い日本に帰った。
感想:
予定通りアイガーに登頂出来て良かったが、ガイドなしの人を含めても、私たちほど時間が掛かっているパーティは居なかった。
雪が少なかったことで、岩稜をアップダウンしなくてはならず時間が掛かった部分もあるかもしれないが、下りで9時間とは掛かりすぎだ。
日が長いとはいえ、21時半まで行動しなければならないというのは、はっきり言って登る資格なしだろう。スピードアップに何が足りないのか…。
ガイド無しのパーティはロープ無しでフリーで登るのが基本だった。ヨーロッパアルプスに登るには、3級程度はロープ無しで上り下り出来ないといけないのだろう。
初めて海外登山をした3年前より成長したことを感じられたと同時に、まだまだ未熟だと気付かされた山行だった。
また、海外登山のリスクも痛感した。飛行機の手配があるので、半年前くらいには日程を決めなくてはいけないが、その頃の天気がどうなるかなんて全く予想が付かない。
今回は前半天気が良かったので、アイガーは驚くほどすんなり登れたが、少し後ろにずれていたら、スイスまで行って、雨の中悶々と過ごして何にも登れずに帰ることになったかもしれない。
登りたい海外の山はいっぱいあるが、次はどうしたものか、正直今は目標が見つけられない。しばらくは日本の山を楽しもう。
おまけ:
ミッテルレギ小屋の取材に来てたインターネットTVの動画サイト。20秒くらいのとこに、出発前のべたこさんと出発後のべたこ&ちびサンボパーティが写ってます!!
https://www.swisscom.ch/de/storys/nova/orte/sac-huettenwarte-leben-ueber-der-grenze.html
文章/小林