2017年春合宿

場所 剱岳八ッ峰

日時 2017年5月3日〜6日

参加者 大内、大内()

計画 5月2日() 大阪—立山駅

     3日() 立山駅—室堂平—雷鳥沢—剱沢

     4日() 剱沢—八ッ峰—北方稜線—本峰—別山尾根—剱沢

     5日() 剱沢—雷鳥沢—室堂平—立山駅—大阪

     6日() 予備日

 

記録

5月3日() 晴

6時半頃   起床

8時         切符購入のため並ぶも、切符を買うのに1時間半待ち。ケーブルに乗るのに2時間半待った

13       室堂平着

1540    剱沢着 テントを設営後、竹定規で作った懸垂支点の強度、埋め込み具合などを確認する。

 

5月4日() 晴

2時半      起床

4時半      テント発

5時半      長次郎谷出合 ちょっと長めの休憩を取る。先に八ッ峰に取り付いてるパーティが見える。

IIIのコルへ続くルンゼ(以下ルンゼ)やIIIIVのコル辺りへ続く斜面を登るパーティもいた。他に、熊の岩まで、といって長次郎谷を登る登山者もいた。

5時55 ルンゼへ向かうよう、進行方向を右よりに意識する。デブリで歩きにくい。見上げると、3人と1人の2パーティがルンゼのかなり上部を登っているのが見えた。

610 進行方向を確認するため見上げると()、上から人が落ちてきていた。大内に声をかける。二人の正面に滑り落ちてきていたので避けようとする。

その後、岩にぶつかり大きくバウンドし、再び滑り出し二人の20mほど上部で停止する。

大丈夫か、と声をかけるが反応なし。急いで滑落者の元へ行く。

この後、救助要請するため携帯の電源を入れるが圏外。無線機も感度があったがこちらの呼びかけに対する応答はなし。

620分過ぎ 長次郎谷を登ってきていた登山者(山スキーヤー、登山者など)に呼びかけて救助要請をしてもらうことにする。

大内()が、滑落者がおり意識がない状態であること、携帯などがつながらないので救助を要請してほしい、と叫ぶ。

この他の情報として、単独者かパーティの一人か、年齢、性別などを伝えた。

この声のリレーで、長次郎谷出合にいた登山者(Aさん)が御前小舎駐在の山岳警備隊に知らせに行ってくれた。

640分頃〜710分頃 登山者5人が合流し、ヘリで収容してもらいやすいようツエルトと滑落者の装備を使い梱包し長次郎谷の中ほどの開けた場所へ移動させる。

6時前に見上げた時、1人と3人の間隔が空いていたので単独行だと思っていたが4人パーティの1人であった。

8時40 仲間の3人がルンゼを下りてきて私達と合流したので状況を説明した。この後、他の登山者はそれぞれの行動を再開。私たち二人は下山を決め剱沢のテントへ戻る。

9時        県警のヘリが滑落者を収容

11       剱沢帰着 テントを撤収して下山準備。下山準備途中、御前小舎に戻る山岳警備隊による事情聴取

1230分頃 剱沢出発—雷鳥沢—室堂平(16時半)—立山駅(19時半)

 

考察

滑落した直接の原因は、つまずいた為なのか、よろめいたのか、足元の雪または岩が崩れたためなのかなど複数考えられるがその瞬間を見ていないので分からない。

ともかく、足元には注意をするというのが基本であると改めて思った。

雪上歩行において着けるアイゼン、ワカンをひっかけない、足をもつれさせないといったことはいうまでもない基本中の基本であるが、基本であるからこそ雪上歩行に慣れ注意しなくてはならないと思った。

 

斜面の斜度にもよるが、一度滑り出してしまうと滑落停止を試みたところで止められるのか、というとその可能性は高くないということを目の当たりにした。

滑落停止の練習は大事だが、繰り返しになるが、なにより転ばない、つまづかないというのが雪上歩行における大前提だと思った。

しかし、万が一、滑落した場合、両足を上げ腹で雪面を滑る体勢を取るという基本も再認識し、滑り出したら無条件でこの体勢を取れるよう練習しておくべきだと思った。

 

荷物の軽量化も大事だと思った。このパーティは剱沢をベースにしての計画ではなく、荷物を全て背負っての縦走だった。

縦走するにあたって必然的に荷物が重くなるが、荷が重い状態で滑落すると落下速度が増すので、少しでも軽量化することも山行の際に考慮すべき点だと思った。

 

緊急連絡手段

携帯電話は剱沢では圏外だった。

昭文社発行の「エリアマップ」(16年度版)を見ると、剱沢にある山小屋2件は携帯通話可能、と記載があるがこれはアンテナを設置する夏季営業期間に限ってのことである。

山岳警備隊によると小屋の営業期間であれば長次郎谷でも携帯はつながるということだった。

 

事故発生後の620分に他の登山者に救助要請を呼びかけたところ、私達に一番近い場所にいた2人が「非常通信*1を試みる。」と言って通信したが、谷の中であるためか無線は通じなかった。

この「非常通信」について、後ほど剱沢での事情聴取の際に山岳警備隊に聞いてみたところ警備隊も時々、傍受しているということだった。

下山を決め剱沢へ戻っている途中、前述のAさんと出会い話をしたが、Aさんは剱沢の小屋がある辺りまで登り返し、無線の「非常通信」で呼びかけたところ別山尾根にいた別の登山者が受信。この登山者が110番してくれたということだった。

この非常通信について知っておいてもいいとは思うが、帰宅後インターネットで調べたところ、その定義に様々な解釈があるようなので乱用は控えた方がよさそうである。

 

要救護者への対応

居合わせた私たちを含めた7人のうち特に5人は救助講習を受け、梱包などの知識があり迅速に作業ができた。本来は使いたくない作業だが知っておくことに越したことはないと思う。

1、2回の講習や練習では覚えられないので機会があれば積極的に参加し知識を得、練習しておくことが望ましいと思う。

 

居合わせた登山者(山スキーヤー)の1人に医師がおり、要救護者がどんな状況でも蘇生処置を行うのが望ましいということであったが、今回の事故において本当にそうすることが望ましかったのか素人ながら疑問がある。

 

*1 Googleで「無線 非常通信」で検索し、検索結果の1ページ目に表示される「アマチュア無線局の非常通信マニュアル - JARL」「総務省 電波利用ホームページ | アマチュア局による非常通信の考え方」「ハムと非常通信 - Ne」「非常通信 ‐ 通信用語の基礎知識」などを参照。

 

記録 大内()