丸山東壁・緑ルート(2017107~9日) メンバー/中嶋、小林

黒部三大岩壁のひとつ、「黒部の巨人」こと丸山東壁。

数年前、下ノ廊下を歩いた時に、その迫力に圧倒され、「いつか登りたいルートリスト」に仲間入りした。そして今年、チャンス到来!

「丸山東壁全貌」

初日:

せっかくなので、有名な「ホテル丸山」に泊まって、この岩壁を登ってきた数々の先人の思いに近づきたい。

連休の混雑を避ける為、金曜出発の予定にしていたが、登攀日の土曜が雨の予報なので、急遽変更。

取っていたバスもキャンセルし、土曜の朝イチの新幹線に乗って、名古屋~松本~信濃大町に向かう。

バスとトロリーバスを乗り継いで12時に黒部ダム着。トロリーバスの降り場から、「旧日電歩道」の看板に従って、ダムの下に降りていく。

観光放水を背にしながら下ノ廊下を行く。小雨の中、1時間ほどで内蔵助出合に着く。内蔵助平方面に一段上ったところにある看板の裏がBC

既に4人用テントが1張。彼らも緑ルートだろうか…。

ホテル丸山は定員2名。予約不可のホテルなので先着順だ。もし泊まれないなら、無駄に水やシュラフや持って登るのはしんどい…。

ひとまずお隣にテントを張る。そして事件発生…。

悲しくなるので説明は省くが、おニューの中嶋さんのテントに私が穴を空けてしまう…。一気に険悪なムードに…。

(後日、メーカーに問い合わせたところ、一応修理が出来るようなので、私が修理に出すことで一応の決着を見た。何か追加でお送りします…。)

重苦しい時間をしばらく過ごすが、14:30、雨の中、涼さんの手書きの取付きまでの地図を持って偵察に向かう。

内蔵助平方面に登っていくと10分ほどで最初の涸沢。これは素通り。

さらに5分ほど行くと、さっきのより大きな沢に出る。

(岩に赤いペンキの印あり。この日は水がじゃんじゃん流れていたが、翌日、実は普段は涸沢だということが分かる。)

これが1ルンゼなので、沢をしばらく上がっていく。水の流れが多すぎて惑わされたが、右手のウドの藪の中に明瞭な踏み跡を発見。

その先の壁に丸東の顕著なハングが見えるので間違いない。今日はここで偵察終了とする。

出合から取付きまで1時間弱だろう。全てが涼さんの取付き図通り。甲斐駒赤蜘蛛のときもびっくりしたが、涼さんの記憶力と作図能力はまさに特技だと思う。

テントに戻って、出合まで水を汲みに行く。

その帰りに、先程の「テント事件」で負い目のある私は勇気を出して隣のテントに声を掛けて、明日の予定を聞いてみる。

と、下ノ廊下に行くとのこと。良かった!これでおそらくホテル丸山には先客無しだ!

明日はビバーク装備を持っていくことに決める。雨は夜中まで降り続いた。

 

2日目:

昨日の雨で壁はびしょびしょだろう。アブミルートだが、出だし5mほどはスラブのフリーということなので、急がず6時にテントを出発。

昨日1ルンゼは水が大量に流れていたので、そこで水を取ることにする。

が、あんなに流れていた水が今日は流れていない、と1ルンゼをしばらく登った後に気付き、1ルンゼの出合まで戻って水を汲んだ。

シュラフなどのビバーク装備に3Lの水が加わると、肩にずっしりと来る。こんな重さで登れるかな…。

7時前に取付き到着。三日月ハングと大テラス、大ハングが見えるので、とても分かりやすい。

左から声がする。左岩稜を登っているパーティが居るようだ。どこにテント張ってたんだろ??

「取付きより」

「アブミルートなので、大量のヌンチャク!」

東向きなので、みるみる日が当たるが、出だしのスラブはびちゃびちゃヌルヌル。

のんびり準備してしばらく待つが乾きそうもない。5mほどまでピンは無い…。

「たまちゃん、行くか?」と言われ、あまり気は進まないが、テント事件で負い目のある私に拒否することは出来ず、静かに大量のビナを受け取る…。

なお、靴は取付きにデポした。あまりにビチョビチョなので、荷物は置いて行ってよいと言われ、あとで荷上げすることにする。

荷上げ用にペツルの「マイクロトラクション」を受け取り、いざ、クライムオン!

が、初っ端、ヌルヌル草付きに足を置いたら早速滑って着地…。

1P目はいつも緊張するが、出だしがこれって泣けてくる…。でも、その草付きに置くしかない。

昨日のテント事件からピリピリした雰囲気…。鬼監督のスイッチが入る前に何とか行かねば…。

再トライして、唯一乾いたスタンスまで足を乗せたが、次が無い。あるのはヌルヌルした岩だけ…。

必死で目の前の浅いクラックにカムを入れようと、苔をほじくったらヒルが34匹ボロボロ出てきて、「ギャー!!」となる。

さらに浅すぎてカムも決まらない。

仕方ないのでハーケンを打ってアブミを掛け、あまり効いていないが、そーっと乗って、何とか安定するところまで登り、1ピン目を掛けた。

そこからはアブミ。途中、ボルトが見つけにくいところがあり、右に発見したのでそれを辿ってしまうと変な草付きの終了点に付いた。

懸垂用のビナも付いているが、何か変な感じ。ロープ40mほど出たとのことなので、ここで切る。

さて、まずは荷上げ、ということで、先程、習ったマイクロトラクションをセットする。

が、下の中嶋さんに、セカンドの引き上げと荷揚げを同時にするんだと言われる。

へ?そうなんですか?初めてなので全く分かっていなかった。

まず荷上げして、次にセカンドをビレイするのかと思い込んでいた私は、ダブルロープのうち、一本は荷上げ用と思って、全くランニングを取らなかった。

なもんで、ザックは大分振られて、随分離れた壁をズリズリ引きずられていった。

こうならないために、所々は荷上げ用のロープでもランニングを取り、同時に登るセカンドがランニングを回収しながら荷上げするとのこと。

でないと、荷物が変なところに引っかかってしまったりするらしい。冬の屏風に向けて、大変勉強になりました…。

今回は幸いツルッとしたスラブだったので、容易に引き上げ出来たが、上がってきたザックは傷だらけ…。

夏に買ったばかりでよそいきだったパタゴニアのザックですが、一気に貫録付きました…。

なんて考えていると、フォローで登っている中嶋さんに「ルート間違ってるぞ!」と言われる。

左に終了点があるらしい。やばい!鬼監督のスイッチが入ってしまった!!ザックの傷なんてどうでもいい。

中嶋さんはそのまま正しい終了点に登っていったので、私は残置のビナで3ピン分ほど懸垂して、正しい終了点に登り返した。

着いた早々、「これを間違えるなんてまだまだだ、もっと全体を良く見ろ」と怒られ、さらには「このまま次も登れ」と言われる。

テント事件もあるし、こうなったら怖いのは鬼監督だけ…。支点が悪いとか遠いとか言っている場合じゃない。とにかく必死で登る。

傾斜は緩いのでフィフィ使わず最上段に立ち込めるが、一カ所、手を入れるループに乗ってもあと数センチ届かないところがあり、中嶋さん特製のハンガー製チョンボ棒を使った。

2P目終了点より三日月ハングを見る」 

「隣の左岩稜を登るパーティ」

3P目、中嶋さんリード。三日月ハングの下まで。これ以上怒られたくないので、スピード上げて登る。

4P目、小林リード。前半の核心とされる三日月ハング越え。せり出しも浅いし、支点近いので容易。ここではフィフィ使った。コールは聞こえないので、笛で合図。

4P目終了点より。三日月ハングを越える中嶋さん」

5P目、中嶋さんリード。単調なアブミの掛け替え。

6P目、小林リード。2-5Pはほぼ直上で、目の前のボルトを辿れば間違えることはないが、6P目は途中で右に行かねばならない。

1P目の失敗があるので、これ以上のミスは許されない…。出だしは直上するボルトを辿るが、しばらくすると途絶える。

目の前の壁は苔が付いて登られていない感じ。下からゲキが飛ぶ前に早くルートを見つけねば…。

必死で右を探すとハーケン・リングが見えた。

一部フリーも混じり、ところどころ浸み出しで濡れていて躊躇しかけるが、この時の私が怖いのは下の中嶋さんだけ…。

いつもは怖いアブミからのフリーも、さほど恐怖を感じず登っていく。

小ハングをアブミで越えると、苔だらけの寝た岩にリングが3つあり、汚いシュリンゲが数本ぶら下がっていた。

これまでの支点に比べると大分様子が違う…。ヤバい、間違えたか…。でも他に終了点は見当たらないし、大テラスはすぐそこ。

次の7P目は「草付き、V級、15m」というのとも合っている…。

リングはしっかり効いているようなので、3点で流動分散して、ピッチを切った。

登ってきた中嶋さん、開口一番「汚い支点やな!」。

ビクッとなるが、中嶋さんは「他には無いしなー」と言って、登っていき、草付きに消えたと思ったら「ビレイ解除」のコール。…ホッとした。

6P目終了点より。核心の大ハング」

6P目終了点より」

7:45に登り始めて、15:15に大テラス着。初めて同士で7時間半なら、まあ許容範囲か。

まずは、ホテル丸山にチェックイン。この日のうちに残りの2Pも登るか迷うが、懸垂時には確実に暗くなる。

明日も天気は良さそう。帰りの特急も余裕を持って取ってあるので、今日はここで打ち止めとする。

ホテル丸山は蜘蛛の巣が張り、水が滴ってはいるが、なかなか落ち着く感じ。

下は剥がれた岩が堆積したザレ場のようなので、マットを持ってきて良かった。

ただしエアマットだったので、マットが石で破けないようにビニール袋とロープの上にマットを敷いた。

ウレタンマットにするか、薄いブルーシートでも持ってくると安心かも。前日の雨のせいか滴りが多い。

打ってあるハーケンにツエルトをぶら下げて滴りを避けた。水は一人3L程持って行ったが、滴りのおかげで2時間で500cくらいの水が取れた。

日暮れの山々を眺めながら、夕食と晩酌。夜は冷え込まず、ほどよいリクライニング具合でけっこう良く眠れた。

「ホテル丸山」

「ホテル丸山からの眺め」

 

3日目:

明るくなった6時、8P目スタート。荷物はホテルに置いておき、水とヘッドライトの最小限の装備で登る。

昨日の続きでは私の番だが、このルートのクライマックス、9P目の大ハング越えを中嶋さんが譲ってくれて、8P目は中嶋さんのリード。

取付きは大テラス左端の凹角。出だしが空中アブミ。大ハング直下で切る。

「二日目。8P目出だし」

9P目、小林リード。ハングを次々と左上していく。

ピン間隔は近いので、そう難しくはないが、回転したり、フィフィが外しにくくなったりするので、それなりに時間掛かる。

遠く真下に広がる紅葉と内蔵助谷。高度感がたまらない。

9P目、ハング越えの途中から8P目終了点でビレイする中嶋さん」

途中、1か所、ピンが遠い。これまでの間隔と違うので、近くにあるはずと探すがやっぱり無い。

振り子しながら左の壁のクラックに0.5のカムをかます。

落としたら数百m一直線なので、カムを体につないだまま、カムを打ち、抜けないかよーく確かめる。

もし抜けても落っことさないように、まずはロープを掛けてアブミを掛けるが、まだ不安なので、さらに下に0.4のカムを入れた。

ちょんぼ棒使うか、上手い人ならそのまま上に届いたのかもしれない。

最後、終了点のテラスに上がるフリーの乗越が怖かった。セカンドの中嶋さんが終了点に着いたのが、8:40

2P2時間40分とけっこう掛かってしまったが、仕方ない。ここから1Pの懸垂で取付きの左に着く。

紅葉と内蔵助谷を遥か下に眺めながらの空中懸垂は最後のご褒美だった♪。

「最後のご褒美♪空中懸垂」

「空中懸垂中の影」

9時過ぎ、大テラスに戻り、デポ品をまとめて、9:30にホテルをチェックアウト。

大テラスからは計5回の懸垂で降りられる。

最初だけ、草むらにロープが引っかかりそうで回収を心配したが、枝をなるべく避けておいたので、無事回収できた。

それ以降は、単純にまっすぐ降りて行けば良いので、スムーズに懸垂を繰り返し、10:30に取付きに戻った。

あとはBCに戻り、テントを片付け、12:00に出発。最後の登りがしんどかったが、13:05、観光客で混雑する黒部ダムに到着。

大町の温泉でさっぱりして、信濃大町~松本~名古屋~新大阪と帰った。

特急は松本からは自由席だと座れなかったようなので、指定を取っておいて良かった。

 

メモ:

・ヌンチャクは二人で30本持って行ったが、間引いたので、使い切らなかった。25本くらいで足りたが、間引きたくない人は30本でも足りないかも。

・私は支点がそれほど悪いとは思わなかった。小豆島の親指岩の方が悪いと思う(海風が当たるからでしょう)。

支点間隔もわりと近いが、念の為、チョンボ棒は持っておいた方がいいでしょう。

リングが抜けたり、残置のシュリンゲがボロい場合に備えて、リペットハンガーと細引きも用意した方がいい。

・カムは0.3, 0.4, 0.5を持って行った。実質使ったのは0.5のみ。

・終了点と懸垂ポイントは整備されている。

・人気ルートと聞いていたが、3連休にも関わらず貸切だった。アブミラダーのルートなんて流行らないのか…。

確かに今時の登り方ではないが、私はすっきりとしていて、いいルートだと思う。

アプローチも楽だし、どっぷり黒部の真ん中でクライミング出来るのがたまらない。また機会があれば行きたい。

1ルンゼ出合」

文章/小林